身の回りを自分たちでデザインし、次の時代にふさわしい社会のあり方を考える―。住民参加型でテクノロジーを活用する「シビックテック」を推進し、地域課題の解決に挑んでいる関治之さん。「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をテーマに、多様なコミュニティで活動していますが、中でも2013年に設立した非営利団体「Code for Japan」は自治体、市民、企業がポジティブに協働するきっかけを多数生み出していることで注目されています。Code for Japanの掲げる「ともに考え、ともにつくる」とはどういうことなのか、関さんにお話をお伺いしました。
―もともとは企業にお勤めだったそうですね
関さん:エンジニアとして、いくつかの企業のスタートアップに関わってきました。モバイル向け位置連動広告の「シリウステクノロジーズ」にも立ち上げの初期メンバーで入ったのですが、2010年の買収でヤフーへ移ることになりました。それとは別に、もともと自分で「ジオリパブリックジャパン」というシステム開発の会社を作り、“週末起業”みたいなこともやっていて。「Code for Japan」を始めるにあたって、そろそろ独立しようかと思ってヤフーは辞めました。
―なぜ「Code for Japan」のように社会に目を向ける活動を始めたのでしょうか?
関さん:東日本大震災のあと、「オープンストリートマップ」というコミュニティで、仲間たちとUshahidi というオープンソースソフトウェアを使って、震災の情報を地図にマッピングしていくプロジェクトを始めました。
それが「sinsai. info」。twitterなどで呼びかけたら、一晩のうちに200人ぐらいの人が協力を申し出てくれました。オンラインコミュニティ上で夜な夜な、みんなで作業をしていたら、最終的にできあがった成果物があって、ITでできることの可能性にものすごい手ごたえを感じたのを覚えています。
そのあとも被災地でハッカソンみたいなものを始め、継続して社会貢献できる道を探っていたんですが、改めて、行政ってぜんぜんITを使えていないな、ということに気づいて。
そんなときに知ったのが、「Code for America」。行政に人を送り込んだり、すご腕のエンジニアを集めて役立つアプリをそれとなく作ったり、とにかく社会との関わり方がカッコよく見えました。こういうやり方なら社会貢献にそれほど興味を持たないような人でも参加したくなるし、行政にアプローチする手がかりも得られそうだと思いました。それで渡米して「Code for America」の担当者と会い、日本版の設立を承諾してもらいました。
―Code for Japanを設立した翌年からは早速、自治体に民間IT人材を派遣するフェローシップ事業を始めたんですね。
関さん:震災復興で何か力になりたいと思っていたのと、たまたまご縁ができたので、最初は福島県浪江町でフェローシップ事業を始めました。浪江町では町民に街の情報を届けるため、タブレット端末を配布するのが決まっていたんですが、お年寄りが使うにはハードルが高い。それで町民にヒアリングをしたり、ワークショップを開いて試作品を体験してもらったりを繰り返して必要なアプリを開発し、「住民が本当に使いこなせるタブレット」を目指しました。徹底的な町民目線での開発は、従来の行政のやり方ではなかなかできなかったこと。たとえば写真に簡単なメッセージを付けて投稿する、浪江版の“インスタ”みたいなアプリは、町民同士のコミュニケーションツールとして今でも利用頻度が高いんです。
―その後、神戸市でもフェローシップ事業が始まっていますが、これは浪江とは違うスタイルですか?
関さん:浪江町では長期的なアメリカ型フェローシップを目指していたので、派遣する人材は会社を辞めるか休職して浪江に行くしか選択肢がありませんでした。それでは雇用流動性が低い日本に向いていないし、自治体もそんなに予算を出せず、なかなか難しい。
そのため神戸で行ったのは、派遣する人は企業に勤めたまま3ヶ月間など短い期間、週1回ぐらい自治体の中で働くようなスタイル。企業側の研修プログラムのような形で提供しているので、自治体も雇用のための予算を出す必要がありません。
企業にとっても人材育成効果があると同時に、自治体と手を組んで何か新しい事業を始めるきっかけになるメリットがあります。神戸市では平成27年度前期から3期にわたって受け入れてくれていますが、効果は出てきていると感じています。
―平成28年度後期では受け入れ自治体の数が増えたようですね
関さん:8自治体に対して、5社11人を派遣しました。順調に伸びてきている感じです。それぞれの自治体で解決したい課題は異なるので、どういう人材に来てほしいか希望をヒアリングして、人材をマッチングするのが「Code for Japan」の役割です。
―企業側にも積極的に参加するメリットがあるということですね
関さん:日本の企業は縦割りで動いていて、なかなかフィールドを越えて新しいことをする、ということができていません。だからこそ企業や組織の壁をなくして活動できる“越境人材”みたいな存在が必要です。そういう意味では、今まで企業の中で、企業のために働いて身に付けたスキルを、ほかのところでも使う、というのはとても大事だと思っています。仕事は仕事としてやっているけれど、地域のためにも動くみたいな、複数の軸足を持つきっかけになるのがフェローシップ事業だと考えています。
―自治体の抱える課題はどのようなものだと思いますか?
関さん:自治体は、従来のやり方から一歩進んだ形で事業化する力がまだまだ弱いと思います。そこに企業の人たちが加わって、一緒にいろいろな事業を作っていくと、これまで自治体だけではなかなかできなかったことができるようになるでしょう。
これからは自治体が何でもやるのではなく、これ以上できない、というのをちゃんと示すのも大事だと思っています。そのためには、もっとデータを公開してうまく活用し、無駄なことはしないで済む仕組みづくりをちゃんと作っていくべきです。今までやってきたから、ということだけで継続していて、ものすごくコストのかかっている事業は山ほどありますから。
地域の人たちもデモをして反対するとか、選挙のときだけ興味を示すのではなくて、普段から自治体の職員と話し合う場を持つとか、ポジティブな目線で自ら関わる意識を持ってもらいたいですね。
―もう一つの大きな活動であるブリゲード事業について教えてください。
関さん:「Code for Japan」が提供する支援プログラムに参加している各地のコミュニティを、Brigade(ブリゲード)と呼んでいます。それぞれのブリゲードは市民や自治体と連携し、テクノロジーを活用して地域課題を解決する「シビックテック」を実践しています。
―ブリゲード事業を行う意図は何ですか?
関さん:「Code for Japan」が各ブリゲードに指示を出すことはなく、それぞれが独立した存在として、地域で主体的に活動してもらっています。「Code for Japan」は立ち上げや広報のサポートを行い、各地のブリゲート間の情報提供などを行うハブ的な存在です。
たとえば地域で起こっている動きをまとめることで、より大きなムーブメントになり、国を動かしていくこともあるでしょう。そのためのネットワークであり、活動に参加する人を集めるために「Code for 〇〇」と冠を付けてもらったらいい、と考えています。
―どれぐらい広がっているものですか?
関さん:いま公認団体は40あって、うまくいっているところと、活動が進んでいないところに二極化されています。ただ全体としてみれば、面白い取り組みをしているところは多いですし、学生の参加も増えているので、うまく各地の活動を引き上げていきたいなと考えています。
―ほかに考えている事業はありますか?
関さん:職員の市民のデータ活用リテラシー向上を目的に、セミナーやワークショップをやりたいと思っています。すでに神戸市では先行して行っていて、具体的にはエクセルを使ったデータ分析や、いまやっている施策をデータで表現するとどのような成果が見えてくるか、などです。データをもとに話を進めると、客観的なコミュニケーションがとりやすいので、職員だけでなく市民も巻き込んでやりたいと考えています。
また神戸市ではスタートアップ支援のお手伝いをさせてもらっています。同様にほかの自治体でも、地域課題の解決でスタートアップとして成長できる機会を作っていけると良いなと考えています。
―今後、「Code for Japan」として目指すものを教えてください。
関さん:シビックテックが持続可能な形で、各地域にあって当たり前のものとなってほしいと思います。市民と行政がポジティブに話し合えて、ITでこういうのができたらいいね、というのが素直に試せる環境を作っていきたいです。あとは調達方法など、行政の仕組みの部分もITを使って効率よく変化させていければ良いですね。
関 治之(せき・はるゆき)
一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事。「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに、会社の枠を超えて様々なコミュニティで積極的に活動する。
住民参加型のテクノロジー活用「シビックテック」を日本で推進しているほか、オープンソースGISを使ったシステム開発企業、合同会社 Georepublic Japan CEOおよび、企業のオープンイノベーションを支援する株式会社HackCampの代表取締役社長も務める。
また、神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサー(非常勤)として、神戸市のスタートアップ支援政策やオープンデータ活用を推進している。
そのほかの役職:総務省 地域情報化アドバイザー、内閣官房 オープンデータ伝道師 等