地方を元気にする“いつの間にかヒーロー

地方の隠れた銘品を、女性が買いたいと思う商品に生まれ変わらせる―。そんな「地方×女の子」ビジネスの第一人者として、 「かわいい」を入り口に、地方を元気にしている会社「ハピキラFACTORY」。代表を務める正能茉優さんは「好きなことをしているだけなのに、結果として地方が元気になる“いつの間にかヒーロー”」をコンセプトに、普段は会社勤務という「パラレルキャリア」でハピキラの仕事を続けています。正能さんが目指すオンリーワンの価値観とは―?

■小布施で教えてもらった「稼ぎと務め」のこころ

―ハピキラの活動の原点とも言えるのは、長野県小布施町との出会いですよね。

正能さん:小布施に初めて行ったのは、今から7年前の大学1年生の時。東京生まれで東京育ちの私には、いわゆる故郷みたいな場所がなかったのですが、通ううちに小布施はそんな場所になりました。家族でもないのに、台風や地震の時にはお互いに心配しあうような存在ができたことは幸せです。

―小布施のどういうところが好きですか。

正能さん:小布施に住んでいる人が、小布施に住むことを楽しんで、誇りに思っているところです。たとえば、秋の3連休には「町民運動会」という町民の3分の1にあたる3000人が参加する行事があるんですが、これがめちゃくちゃ盛り上がる。本当は観光客のかき入れ時なのに、店を閉めてまで運動会に参加し、心の底から楽しんでいる人たちを見ていると、本当にこの町のことが好きなんだなあっていうのが分かるんです。うらやましいな、仲間に入れてほしいなという気持ちになります。

小布施には「稼ぎと務め」という文化があるんです。小布施の人たちは、いわゆるお仕事でお金を「稼ぐ」ことと、地域のために何かをする「務め」の両方を大切にしている。そういう町だから温かくて、東京育ちの私には新鮮でした。

それから、町長をはじめ多くの町民の方々には、外からの人を受け入れようとしてくれる温かさもあります。だから「小布施をどうにかしよう」ではなくて、「小布施で新しいことをやってみたい」という若者が集まりやすいんです。

―地方で活動したいと思う若者は増えていますか。

正能さん:そうですね。最近の若い人は、身の丈に合った規模感の中で、丁寧に暮らすことを求めています。キラキラした物質的な豊かさより、精神的な豊かさを大事にするというか。そうなれば、都会よりも地方が圧倒的に場としてふさわしい。ただ、そんな暮らしに憧れても、地方で仕事をどう得ていくかはポイントになりますね。

 

■若者目線、都会の感覚で地方の良さを引き出す

―ハピキラにはお仕事の依頼が次々に来ているようですが、それはどうしてだと思いますか

正能さん:これまでずっと作ってきたモノが、ハピキラのプロデュースによって売れるようになるからです。中身を変えずとも、パッケージや売り方を変えるだけで人気が出たという実績に希望を持って、ハピキラにご相談いただいているんだと思います。

私たちが期待されていることは、2つあると思っています。1つは商品を“売り切る”こと。中身はイケているのに、パッケージがダサい商品をかわいく変身させ、PRプロモーションをかけて広めます。さらに販路を獲得し、売り切るところまで、ちゃんとやるのが私たちの仕事です。

もう1つは、全然違う感覚を持っている私たちと一緒に仕事をすることで、「自分たちの商品って意外にイケるんじゃない?」みたいな可能性を感じられること。最初はお互い、感覚が違いすぎてキョトンとしますけれどね(笑) 話していくうちに分かり合えていく感じがして、お仕事を進めていく過程がすごく楽しいです。

―結構、遠慮せず、ズバズバ意見を言う感じですか。

正能さん:言っちゃいますね。だって、言わなければ分からないから。感覚も、文化も、そもそも違いますし。今は、果物など一次産品のプロデュースにもチャレンジしているんですが、ポイントは味じゃなくて「とにかく皮をむかずに、楽に食べたい」とか「インスタジェニックなフルーツがいい」とか。若者目線のリクエストをどんどん出しています。

―だから都会で地方の仕事をしているんですね。

正能さん:そうですね。都会の「今」の感覚を持っているからこそ、意味があることなのではないかなと思ってます。

―地方の様子を見ていて、気になることはありますか

正能さん:最近気になるのは、自治体の交付金ブームの中で、デザインにお金をかける考え方が浸透してきて、中身が伴わない商品でも、パッケージのデザインを整えて無理矢理売っちゃっていること。地方のモノの素敵なところって、ちゃんと作り手のストーリーや歴史があって、中身がイケていること。なのに、なんでもかんでもジュースやジャムにしたり、ちょっと変わった調味料を作れば良いと思っている感じなのは、心配だし残念ですね。

―それはハピキラのやり方とは違うということですよね

正能さん:そうですね。私たちは、すでに作られた商品の中から、まだ世間に知られていないモノを発掘してきて、ちゃんと作り手の想いやコンセプトを見える化して、広めて売っていくのがお仕事。買いたいと思ってもらうには、買い手の価値になるストーリーが必要だから、何年の歴史を持つとか、何代続いているとか、そういうものを発掘することが多いですね。

―自分たちの活動が地域活性につながっているという意識はありますか

結果としてつながっている感じは、もちろんあります。でも、最初から地方を元気にしようと思ってやっているわけではなくて、自分が好きなことをやってきた結果、気づいたら地方が元気になっていた、というだけのこと。だから、私は自分のことを“いつの間にかヒーロー”と呼んでいます(笑)

■パラレルキャリアの相乗効果

―大学卒業後は就職し、ハピキラも続ける「パラレルキャリア」の道を選択したのはどうしてですか

「自分の1時間あたりの価値」を最大化するためです。ハピキラ社長だけというよりも、会社に勤めているけれどハピキラの社長もやっている、という方がオンリーワンの存在になれて、自分の価値が高まると考えました。

それに、会社に勤めていると、経済的にも立場的にも保障されているので、ハピキラでのプロジェクトを中長期的に描くことができると思いました。

―2つの掛け持ちは、忙しくないですか。

ハピキラの仕事はこの5年で経験を積んで、フォーマット化できることも増え、効率よくこなせるようになりました。学生時代の自由な時間にたくさん足を運んでいたおかげで、ありがたいことに今は地方から東京に打ち合わせしにきてくれる人も増えています。

ただ、少しずつ時間は上手に使えるようになってきましたが、やっぱり自分たちの目でちゃんとモノが作られる現場は見たいですし、特に年度初めなどはちゃんとご挨拶もしたい。なので、週末は地方へ行くことが多いです。ソニーの人たちからは「今週はどこへ行くの?」とか、「今度は何の仕事なの?」とか金曜日に聞かれます。そういう日常の会話を通して、地方のことを知ってもらうきっかけにもなるかな、と。

―ソニーのお仕事はどうですか。

次のソニーを担っていけるような新商品の企画をしています。ソニーには、魅力的な基礎技術や研究が山ほどあるので、それをどう商品化したら良いか、コンセプトやターゲット、販路を考えたりしています。そういう意味ではハピキラがやっていることと本質は同じで、毎日すごく楽しいです。ソニーのロゴが入った、世界に誇れる商品を出して、世界中に感動を届けたい、という野望もあったり。ハピキラでお世話になっている人と、ソニーのお仕事でご一緒することも多いんですよ。

―会社の中にも新しい風を吹き込んでいるんですね。

どうですかね。でも、ソニーの技術者の方々は、本当にすごいんです! その技術を地方に持ち込んだら、新しい化学反応が起きるんじゃないかと勝手に思っています。本業で身に付けた知識やスキル、そして目線を、地方に持ち込む人が増えたら、“いつの間にかヒーロー”的な働き方が増えるんじゃないかな、と。

■ハピキラが大事にする“誇り高き小ささ”

―ハピキラの今後の展望や、これからの目標を教えてください。

これと言った目標はないのですが、これからもずっと、好きな人と、好きな場所で、好きなことをしていたいです。でも、それだけで満足かと言うと、そうではなくて。やはりちゃんと社会とつながって、好きなことをした結果、地方や日本や世界を元気にしていくみたいな大義も叶えていけたらいいなって思っています。

私、ハピキラを大きくするってことには、あまり興味がないんです。あくまで、相方と2人でできることをやっていきたい。でもそれは、ちっぽけな存在でありたいということではなくて、自分たちの手の届く範囲で、丁寧にお仕事したいなということ。

数年前、小さな国の大統領と世界的大企業の経営陣が集まって「Proudly Small(誇り高き小ささ)」をテーマにしたサミットが開かれたことがあるんですが、そこで出された結論が、「Small is beautiful, when it is not isolated(孤立していないときに限り、小ささは美しい)」でした。その言葉が示す通り、私たちは、大企業や国といっしょに手を組んで仕事をし、活動を世の中にちゃんと広めていきながら、誇り高き小さい存在でありたいな、と考えています。

これから結婚したり、ママになったり、きっと色々なことがあって、形は変わっていくかもしれませんが、これからもずっと、好きなことをしているだけなのに、世の中をハッピーにできる“いつの間にかヒーロー”でありたいです。

正能 茉優(しょうのう・まゆ)

1991年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部に在学中、長野県小布施町のまちづくりインターンに参加したことをきっかけに、2012年「小布施若者会議」を創設。同年、山本峰華さんと(株)ハピキラFACTORYを起業し、小布施町のお菓子「栗鹿ノ子」をハートの形のパッケージにおさめた「かのこっくり」開発に関わる。以来、地方の商材をかわいくプロデュースし、発信する仕事を多数手がけるように。2017年3月からは、日本郵便との共創プロジェクトもスタートしている。大学卒業後は広告代理店に就職する「パラレルキャリア」の道を選択。現在はソニーに勤務しながら、ハピキラの社長業を兼業している。