「全米でもっとも住みやすい街」ポートランド市における市民参加の取り組み

「全米でもっとも住みやすい街」ポートランド市における市民参加の取り組み

アメリカ、オレゴン州にあるポートランド市は「全米でもっとも住みやすい街」「もっとも環境に優しい街」と言われています。様々な取り組みは世界中から注目され、日本からも自治体やNPOの関係者などが頻繁に視察に訪れています。果たして人々は、ポートランド市の一体何を学びに集まるのでしょうか。

 

市民参加の原形は70年代から始まった

ポートランド市は人口60万人。かつては木材や小麦の輸出などが主力産業でしたが、近年ではカリフォルニアのシリコンバレーと同じく、ハイテク産業やクリーンテクノロジー産業が成長し、豊富な森林になぞらえて「オレゴンのシリコンフォレスト」とも呼ばれています。
全米の他の都市と同じようにポートランドでも、自動車の普及とともに1970年代ごろから道路建設が急激に進められ、同時に大規模都市開発が行われていきました。しかしこれに「待った」をかけたのが市民でした。人々が望んだのは高速道路や自動車だらけの街を作ることではなく、自然環境を保ち、公共交通機関を充実させ、公園や憩いの広場が多い街づくりだったのです。これを実現させるために人々が取った行動は、デモや座り込みではなく、公聴会における具体的な計画の主張や、資金集めのための運動でした。
結果として、すでに建設されていた道路は取り壊され公園となり、高速道路に充てられる予定だった予算は、都市部の公共交通機関建設へと向けられました。市民が集めた資金はレンガ造りの憩いの場を作り出しました。
自分たちの望む街づくりを、自分たちの手によって実現したこの成功体験は、やがてポートランドにおけるユニークな市政の原形となっていきます。

 

たった5人の政治家が政策を決定する


驚くべきことに、現在のポートランドに政治家は5人しかいません。この市には「シティ・コミッション制」という制度があり、毎週1回、水曜日に会議が開かれます。発言を行うのは市民代表、それを聞いているのは市長と4人のコミッショナーで、一般的な市議会や市政の役割をこのたった5人で機能させているのです。市民からの提案は5人だけで議決されるので、素早く政策が決定されます。5人にはそれぞれ担当分野があり、決定された政策は速やかに実行へと移されます。
この制度が成り立つ背景には、市民が積極的に政治に参加できる仕組みがあります。ポートランドには4000もの市民グループ、そして「近隣組合」と呼ばれる団体が100近くあります。近隣組合とは、だいたい中学校の学区に1つくらいの規模で、言うなれば日本の「自治会」が一番近いかもしれませんが、その中身は全く異なります。
近隣組合は自主的に会合を開き、何か問題がある場合はシティ・コミッションの会議で提案を行います。逆に市が抱える問題があれば、市は近隣組合に提示し議論してもらいます。近隣組合の提案に、市は絶対に耳を傾けなくてはならないと定めるとともに、政策決定や予算策定のプロセスに関わる機関として、明確に位置づけられているのです。
またこれらの自治を周辺から支えているのが、社会起業家たちです。特に環境団体は350もあると言われており、自転車コミュニティの促進や、駐車場をアスファルトから芝生へ変える活動など、様々な取り組みが行われています。環境保護以外にも、若者の政治参加を動かす活動なども活発です。いずれもビジネス経験のある人がしっかりと組織を動かし、さらに寄付の文化と行政からの補助金があるお陰で、安定的に活動できるという好循環が機能しているのです。

 

40年をかけて発信し続けたポートランドの「ストーリー」


市民参加の街づくりが、なぜポートランドでうまくいくのか。ポートランド大学の教授で、自らそのネットワーク形成や市民参加の仕組みづくりを担ってきたスティーブ・ジョンソン氏は、街が活性化する要因をいくつか挙げています。
一つは近隣組合のような仕組みであり、また行政が「上から目線」でなく市民をうまく巻き込む運び方(ファシリテーション)も重要。あるいはポートランド大学がそうであるように、ボランティアを輩出する大学の役割も大きいそうです。
その上でさらにポートランドで特筆すべきことが「ストーリー」を意識的に作ってきたことだと教授は言います。60年代、70年代から「ポートランドは環境が素晴らしく、市民参加が活発な街なんだ」というイメージ作り、情報発信を意識的に行ってきました。そうして長い間そのストーリーを追いかけ続けると、市民の意識も変わっていく。また同じ志を持った人が外部から入ってくるのだそうです。
「ポートランドには、市民が参加できる場というのがいくらでもあります。そして画期的な政策は全て市民自身が望んだものです。40年もかかりましたが、市民の力で街を変えてきたんだという成功体験があったかあらこそ、現在の姿があるんです」とジョンソン教授は語ります。

近隣組合で議論を行うと「それなら自分たちで片付けた方が早いな」と、ボランティアで問題解決してしまうことも時にはあるそうです。選挙で選んだ政治家ではなく市民一人ひとりが、本気で自分たちの地域、暮らしについて考え、自らが行動していく。民主主義の基本をポートランド市民は実践しています。