お嬢様芸人として活躍するたかまつななさんには、お笑いジャーナリストとしての顔もあります。社会問題に興味のない人たちに政治の話をして、一瞬にして「そうだったんだ!」、「知らなかった!」と言わしめる手法は実に見事。それは「お笑い」と「教育」をかけ合わせることができる、たかまつさん独自の視点と表現があるからでしょう。お笑いを道具に世直しを志す―、そんな想いを込めて設立した株式会社「笑下村塾(しょうかそんじゅく)」の活動について、話を聞きました。
■可能性を秘めたお笑いの力
―笑下村塾を設立して1年以上が過ぎましたが、振り返ってみてどうですか?
たかまつさん:18歳選挙権を機に設立した会社なので、これまで全国の高校や大学など約5,000人の方たちに出張授業を実施できたのは成果と言えます。「笑える!政治教育ショー」を実施した中では、生徒さんの投票率が84%になった学校もありましたし、大きなインパクトは与えられたのではないでしょうか。
一方で、18歳選挙権自体がムーブメントとしてとらえられ、一過性のものになってしまったのは問題だと思います。関係者みんなが危機意識を持っているはずですが、若者の投票率を本気であげようとしている取り組みを、支援しようという土壌は残念ながらありません。
笑下村塾も、クラウドファンディングで、たくさんの人から支援をいただくなど、何とかうまく活動をまわしてきました。去年まいた種が、ようやく芽生え始めてもいる時期なので、現在も『
―出張授業では「お笑い」の力をうまく活用されていますね。ほかの芸人さんたちにもお手伝いいただいているとお聞きしました。
たかまつさん: 5年ほどお笑いをやってきましたが、ある程度のレベルまで行ったら、売れるか、売れないかって紙一重だなと思いました。中には、お笑いが面白くても、バイトしないと続けられない人もいるし、経済的な理由で辞めていく人たちもいて、本当にもったいない。面白く物事を伝える意味で、芸人さんは本当にプロなので、芸能界ではないところでその能力を活用できたら、もっと別の仕事に結びつくんじゃないかって考えました。
それで教育現場にお笑いの力を活用しようと始めたのが、お笑い芸人による出張授業です。出張授業は主権者教育だけではなく、キャリア教育や国際協力、コミュニケーション術など、さまざまなテーマで請け負っています。芸人の伝え方のうまさは、学校の先生にとっても刺激になるのではないでしょうか。
■当事者意識を感覚的に理解してもらう
―社会(中学)と地歴・公民(高校)の教員免許をお持ちですし、「教育」と「お笑い」をかけ合わせられるのは、たかまつさんならではですね。主権者教育の出張授業では、どのような点を意識してプログラムを作っていますか。
たかまつさん:当事者意識を持ってもらうために、感覚的に理解してもらえるようお笑いやゲームを取り入れた内容にしているのが大きな特徴です。10回ぐらい授業ができるのなら、伝える内容も深められるのですが、1回で完結する授業なので、本当にわずかな時間でいかに面白く魅せるか、が勝負。でも、しゃべりのうまい芸人さんたちなら、それができるんです。
―お笑いの世界に身を置くたかまつさんだからこその強みですね。
たかまつさん:芸能界独特の仕事の流れとか、ルールみたいなものもあるし、私なら、こういう依頼だったら受けやすい、みたいな芸人さんの気持ちも分かります。お笑いのことを知らない方だったら、1分でもいいから民主主義に関してネタを作ってください、とか平気で頼んじゃうんですけれど、それってかなりの無茶ぶりですから(笑)
有名人をアサインするのは代理店でもできるでしょうけれど、コンテンツをどうするか、というのは別問題。学びの場にどうやってエンタメを入れていくか。どうしたら芸人さんに負担がかかりすぎず、かつ面白い内容を作れるか、というところは、私の会社だからコーディネートできる強みだと思っています。
―芸人さんたちの反応はどうですか?
たかまつさん:お笑いの人たちって、ホントに素晴らしいと思うんですが、社会に対して何かしたい、と思っている人が多いんですね。ただ、その方法やきっかけが分からないだけ。だから出張授業をお願いしたら、みんな、いいよ、いいよ、って引き受けてくれるんです。有名なお笑い芸人の先輩が、俺はギャラが1万円でも行きたい、と言ってくれたこともあるぐらいです。
―たかまつさん自身は“お嬢様芸人”という看板をおろしたわけではないんですよね。
たかまつさん:お笑いが大好きなことに変わりはないので(笑) でも最近は、お嬢様芸人と言われるよりは、お笑いジャーナリストと紹介されることが増えてきました。
コメンテーターとしてテレビに出る機会もありますが、私は、難しいと思われる政治や社会の話を、分かりやすく伝える役割を担いたいと思っています。相当、勉強して、私だから伝えられる、というところを極めていきたいです。
■面白いコンテンツをもっと
―「笑える!政治教育ショー」の内容をまとめた『政治の絵本』は、政治の仕組みがとても分かりやすく表現されていました。
たかまつさん:出張授業に行ける学校は限られているので、もっと広く、私たちの取り組みを知ってもらいたいと願って、この本を作りました。イラストをたくさん使って、簡単な言葉で政治について書いたのですが、りゅうちぇるさんが番組で、すごく分かりやすい本だったと言ってくれて嬉しかったです。
一方で、本はコンテンツの一つにすぎません。笑下村塾はほかにもたくさん、面白いコンテンツを作ることに特化していきたい。18歳選挙権のことだけではなく、ドラッグやDVのことなど、若い世代に啓発しなければいけないことはたくさんあります。省庁などともタッグを組み、これからもっと新しいものを作っていきたいです。
―新しいコンテンツといえば、『脱出大学』の動画配信が始まったばかりですね。
たかまつさん:自分に合わない大学へ4年間通うのは本当につらいことなので、どんな教授がいて、どんな研究ができて、どんな施設があって、といったリアルな大学の情報を動画で配信したいと考えました。それが『脱出大学』で、アイドルグループのメンバーが脱出ゲームをクリアするため、大学の中を探訪するシナリオになっています。私は企画を担当していて、裏方に徹しています。
―それは最近の大学生を見ていて、危機意識があったからですか?
たかまつさん:なんとなく自分の成績から受かりそうな大学を選んで、実際に受かった中で一番、偏差値の高い大学に入る、というのが一般的ですよね。でも、そういう選び方をしているから、大学に入ったけれど、途中で辞めてしまう人が本当に多いんです。そういう時間が本当にもったいないと思うので、小学生でも見て楽しめるようなエンターテインメント性のある内容にして、親子で早い段階から進路について興味・関心を持ってもらいたいと思いました。
―動画を拝見しましたが、今までにない試みで、斬新な企画だと思いました。
たかまつさん:プロの映像コンテンツ制作会社さんと一緒に作っているので、とてもクオリティーの高い内容に仕上げることができました。草の根活動をするとき、ボランティアでほかの人に協力を求めても、内容が中途半端だったり、結局は自分の仕事を増やすだけだったりするので、信頼できるプロの手を借りるって大事なことだと考えています。
―「脱出大学」の取り組みは、これまでの笑下村塾の活動に、どのようにつながっていくのでしょうか。
たかまつさん:そもそも笑下村塾を立ち上げたきっかけは18歳選挙権でしたが、大きくは「学びの場を楽しく」というのがコンセプトです。自分自身、勉強も、お笑いも苦手な方だったので、ほかの人と同じステージに立つまで苦労しました。それなりに努力して目標を達成してきた反面、もし、もっと楽しく学べる環境があれば良かったのに、と思ったこともあります。だからこそ、若い人たちには面白く勉強できるコンテンツを提供したいですし、家庭環境による教育格差をなくす取り組みにも関わっていきたいと考えています。
■トレードオフの考え方
―若い方たちに、政治や社会について、伝えたいことは何ですか。
たかまつさん:社会は「トレードオフ」の関係で成り立っている、ということを知ってもらいたいです。望むことすべてが満たされるなんてことは絶対になくて、何かを達成するために別の何かを捨てなければなりません。その中で最大限、社会が良い方向に向かうよう、みんな選択を繰り返して生きていますし、それは政治家も同じこと。
このことを知っているのと、知らないのでは、政治に対する見方が180度変わってくると思います。政治に対して文句を言うばかりではなく、政治家の立場になって物事を考え、決断することの難しさを知るのは、とても大事なことではないでしょうか。
―これからの夢や目標についてお聞かせください。
たかまつさん:若者の投票率を100%にする、というのが夢ですが、現実に80%ぐらいにまでは持って行きたいと考えています。教育の場を楽しくする、という想いにも変わりはなく、化学の実験ショーみたいに、社会の授業でも面白い見せ方ができる授業を提案していきたいです。
また地方自治体と手を組んで、活動の輪をもっと広げていきたいですね。主権者教育が一過性のブームで終わってしまわないよう、継続できる仕組みを色々と考えているところです。これからも新しい試みを、どんどん仕掛けていきます。
プロフィール:
たかまつ なな (株)笑下村塾 代表取締役
フェリス女学院出身のお嬢様芸人として、テレビ・舞台で活動する傍ら、お笑いジャーナリストとして、お笑いを通して社会問題を発信している。18才選挙権を機に、若者と政治の距離を縮めるために、株式会社笑下村塾を設立。「笑える!使える!政治教育ショー」を開発し、全国に出張授業・企業研修を行う。芸能活動をする一方、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科と東京大学大学院情報学環教育部で学業に勤しみながら、講演会・シンポジウム・ワークショップ・イベントなどを手がける。夢は、お笑い界の池上彰になること。著書に『政治の絵本―現役東大生のお笑い芸人が偏差値44の高校の投票率を84%にした授業』(弘文堂)。
笑下村塾オフィシャルサイト http://www.shoukasonjuku.com/
You Tube 脱出大学 https://www.youtube.com/playlist?list=PLhCP3IaNAXQIxIyskC0CAw2E4F9-t–63