ソーシャルプラットフォーム「Change. org(チェンジ・ドット・オーグ)」がアメリカから日本に上陸して5年。日々、疑問に感じていることに立ち上がり、市民の声を行政に届ける仕組みの一つとして日本でも年々、認知されるようになってきました。今や国内のユーザー数は100万人以上、全世界では1億人を超える人が利用していると言われているChange. org。アジア統括を務めるハリス鈴木絵美さんと、広報を担当している武村若葉さんに、日本での活動の現状や課題についてお聞きしました。
■日本での展開は大きな挑戦だった
―「Change.org」が展開は大きな挑戦だった日本版を立ち上げるにあたり、募集していたキャンペーンディレクターに手を挙げられたのはどうしてですか?
鈴木さん:アメリカではオバマの大統領選キャンペーンに参加したり、ソーシャルインキュベーションを行う会社に勤務したり、素敵な経験をたくさんしてきました。一方、自分自身がハーフであることを考えると、日本の市民社会が気になるようになって。何か日本に関われることがないか考えていた時、「Change.org」が日本進出にあたって人を探している、と聞きました。日本は政治的な話をしにくくて、新しいものを立ち上げづらい社会だと感じていたので、きっと誰もやりたくない仕事のはず。それで「私以外、ほかに誰もいない!」ぐらいの気持ちで、大きなリスクかもしれないけれど、やる価値はあると飛びこみました。創設者のベンさんからも「失敗してもやるべきだし、わずかな可能性しかないことでも挑戦しなければ人生面白くないよ」と、背中を押してもらいました。
―武村さんが関わり始めたのは、どういう理由からですか?
武村さん:2012年の夏に「Change.org」の日本事務所が立ち上がり、2013年の冬に共通の知人を介して、絵美さんと知り合いました。もともとPR会社に勤めていたのですが、そろそろ別の仕事をしたいと探していたところでしたし、絵美さんの話に共感するところも多くて、ネットでのPRや広報を手伝うようになりました。
―当初、日本ではまだネット署名の馴染みは薄かったと思いますが、どのように事業を展開していったのでしょうか。
鈴木さん:ユーザーがキャンペーンを立ち上げないと何も始まらない、というのが最初のハードルでした。Changeを使ってもらうため、いろいろなところに出かけて、とにかく話をしましたね。最初の感触としては、面白そう、と興味を持ってくれる人はごく一部。あとは、ネットで署名を集めても何も変わらないよね、みたいな冷めた意見がほとんどでした。でも共感してくれた人の中で、ポツリポツリと発信する人が出てきたんです。
たとえば2013年3月、世界的なバイオリニスト堀米ゆず子さんのバイオリンが、フランクフルト国際空港税関で押収され、巨額の輸入付加価値税の支払いを求められたことに対し、無償で返すようドイツ政府に呼びかけたキャンペーン。日本語だけでなく4ヵ国語でキャンペーンが展開されたこともあって、10日間で5,400名の署名が集まりました。だれでも共感できる内容でしたし、その後、駐日ドイツ大使に署名を届けたところ、翌日にはバイオリンが戻ってきた、という成功を収められました。
メディアでも大きく取り上げられ、次第に私たちの活動も知られるようになったと思います。また同年8月には、松江市内の小中学校図書館で閲覧制限のかかった『はだしのゲン』を子どもたちが自由に読めるように戻してほしいというキャンペーンが展開され、マスコミでもよく報道されました。メディアの報道と同時進行で署名が増えていった初めての例でもあり、2週間で2万人以上の署名が集まったのは驚きでした。
武村さん:2014年6月に立ち上がった、都議会で女性差別発言をした議員に謝罪と処分を求めるキャンペーンも、覚えている人が多いと思います。このキャンペーンはものすごく早いペースで署名が集まり、結果的に1週間で9万人以上の賛同者を集めました。連日の報道を見てもやもやしていた人たちが、ソーシャルメディアなどでキャンペーンの存在を知り、思わず「賛同」のボタンを押す、というサイクルがうまく稼働していたように感じています。
鈴木さん:舞台が都議会だったことで、問題を身近に感じてもらいやすかったかもしれません。具体的に該当議員の謝罪と会派の離脱を求めるという、明確なゴールがあったのも成功した要因かと思います。
武村さん:もっと身近なところでは、大学の休学費が高額であるとして、減額を求めたキャンペーンも成功事例のひとつです。あとは奄美大島の自然を残すため、巨大クルーズ船の寄港地建設計画に反対するキャンペーンも、身近な疑問を解決していくうえで参考になる事例だと思います。
■街頭署名との併用など戦略が大事に
110年ぶりの刑法改正を実現させたキャンペーン。写真は署名提出の際
―どのような方が利用していますか
鈴木さん:日本は“出る杭は打たれる”雰囲気があり、一人ではなかなか問題提起しにくい社会。実際、団体としてキャンペーンを立ち上げている方の割合が多くて、法人格を持っていなくても、有志の団体とか、何かしらチームになっているケースが多いです。個人だとネットでの攻撃対象になりやすい側面も感じています。
それに日本独特の文化として、個人名より団体名の方が信頼を得られやすい風潮もあります。署名を届ける先が団体や自治体、政治家であることが多いので、個人だと不自然に思われるケースが多いんです。実態の伴わない団体より、個人で責任を負う方が信頼されると思うのですが、なかなか日本では受け入れられないですね。
賛同者は幅広い層なのですが、発信する側としては、ネットを知り尽くしている人がうまく使いこなしている傾向があります。ネットリテラシーが高くないと使いこなすのは、結構、難しいかもしれません。年配の方が街頭で署名を集めつつ、ネットに詳しい人がオンラインで署名を集める、というようにチーム戦を展開している団体もありますね。とはいえ、街頭で署名を集める方が早いエリアだってあるでしょうし、目的と実情に合った戦略を選んでほしいと思います。
―まだまだネット署名には懐疑的な人もいるようですが
武村さん:紙の署名が良い、という意見はいまだに根強くあります。背景にあるのは、署名の受け取り手の事情。地方議会に請願を出したい人は、所定の形式に乗っ取って提出する必要があるからです。
でも考えようによっては、Changeを使って情報を拡散し、問題意識を持つ人が増えれば、請願の署名も集めやすくなるはず。それに、ネット署名で、こんなにも関心を持っている人が多いんですよ、と数のインパクトを出したり、参考資料として添えたり。声を届ける方法の一つとして、形式にとらわれず自由で、柔軟に利用してもらえたらいいかなと思います。署名を集めるとき、ルールに従おうとするがために力がそがれてしまっているパターンはよくあるので、ルール自体を疑っていく姿勢も有効だと思います。
■ちゃんと声が届く社会を目指して
―キャンペーンを立ち上げた人の反応はいかがですか
武村さん:目標とした署名数にいたらなかったキャンペーンでも、発信者からは「やってよかった」という声を多く聞いています。自分が疑問に思っていたことに共感してくれる人がほかにもいた、勇気をもらえた、という人が多いですね。
鈴木さん:コメント欄に書き込まれたメッセージは、人の気持ちの結晶。そこから勇気をもらって、次のステップに進んでいく人は多いかなと思いますね。
―これまでの活動を振り返って感想などあれば教えてください
鈴木さん:良い意味で考えたら、アメリカより日本の方が声は届きやすいと感じています。アメリカのChangeで何百万人もの賛同を集めても、何も変わらなかった、という事例はいくつもあるんです。もともと膨大な力とお金がないと、なかなか選挙でも勝てないような国ですから。
一方で、日本なら、先日の刑法性犯罪の改正を求めるキャンペーンではおよそ5万人の賛同者を得て、実際に法律も変えられました。これは、日本が戦略と戦術をうまく練れば、だれでも物事を動かせる、という表れであるし、多くの人が希望を持てる社会であると思います。
武村さん:一方で、まだまだ声を届けることは難しい、という現実も感じています。だれかが疑問に思ったことを問題提起すると、多くの人が叩く、みたいな構図をよく見かけますよね。それって、本当は叩いている人も含めて、みんなが生きづらくなる社会を作っていることに気づいてほしい。一人一人、違うのは当たり前なのだから、怒ったり、意見を叩いたりするのではなく、それぞれが考えを主張し、お互いに妥協点を探していくのが、本来の社会の在るべき姿じゃないでしょうか。その理念を伝えていくのも、私の仕事だと思っています。
―これからどのような社会になってほしいと思いますか
武村さん:日本は、与えられたものを享受するだけでいい、と考える人がほとんどです。そうではなくて、たとえば、これから子どもを産むお母さんたちが同じように苦しまなくて済むように、という想いで取り組んだ待機児童解消のキャンペーンのように、知らない誰かのため、次の世代のために立ち上がる人が増えれば、もっと良い社会になるのではないでしょうか。
鈴木さん: いま、私たちが当たり前に享受している平和な生活は、そもそも過去に誰かが頑張ってくれたからある、という認識が、日本人はとても薄い。アメリカなら公民権運動など、歴史を振り返って感謝する教育が組み込まれているので、いまを生きる私たちも、少しずつこの国を良くしていかないといけないよね、という意識が自然に根付いています。
日本でも、過去にたくさんの人たちが立ち上がり、社会運動をしてくれた結果、いまの社会があるわけですが、あまり注目されないし、感謝の対象にもならないのは残念です。
そのためにも、政治や社会に関わる話が、日常生活で当たり前のように語られるようになってほしいですね。ネット署名が、そんな社会変化が起きるきっかけになればいいなと願っています。
ハリス鈴木絵美 (ハリス・すずき・えみ)
米国人の父と日本人の母の間に生まれ、高校卒業まで日本で育つ。米イェール大学卒業後はマッキンゼー&カンパニー、オバマ氏の選挙キャンペーンスタッフ、ソーシャルインキュベーター企業Purposeの立ち上げなどを経て、2012年にChange.org日本版立ち上げのために帰国、2015年からChange.orgアジア・ディレクターに就任。
武村若葉(たけむら・わかば)
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、パリ大学大学院にてMBA取得。2009年よりPR会社に勤務、最大手SNSサービス、大手国内アパレルメーカー、外資系大手ホテルチェーンなどのPR業務を担当。2013年3月よりフリーのPRプロデューサーとして活動を開始と同時に、Change.orgのさらなる拡大に向けChange.org日本チームに参加。2016年より、Change.org Japan広報ディレクター。