訪問型病児保育や障害児保育、小規模保育など、数々の社会問題を解決すべく、日々、奔走しているNPO法人「フローレンス」代表の駒崎弘樹さん。「政策をつくる・変える」というアクションはだれにでもできるものだとして、これまで数々の「草の根ロビイング」を実践してきました。普通の人たちの「困った!」という声をいかに政治の世界へ届け、政策に反映させてきたのか―。「草の根ロビイスト」としての想いを聞きました。
■“ロビイングすごろく”の始まり
―なぜロビイングを始めたのか、きっかけを教えてください。
駒崎さん:病児保育を手がけるNPO法人「フローレンス」は2004年に立ち上げ、2005年から事業をスタートしました。最初は事業を軌道に乗せるのが大変でしたし、政策決定に関わろうとか、政治に働きかけようと思う余裕はありませんでした。
そんなとき、フローレンスの事務所を置いていたある区で、「次世代育成支援対策推進法」に伴う行動計画を作成するため、市民からも委員を公募していたんです。自分は子育てに関わる事業をしているのだから、何か勉強になることもあるのではないか、という気持ちで応募してみたところ、採用され委員になりました。
行政の委員会や審議会といったものに出るのは、これが初めての経験でした。その中で委員として子育て支援施策について市民の目線で意見をする、という場があったのですが、保護者に子育ての楽しさを教えるためにキャラクターショーをする、という企画が気になりました。
なぜキャラクターショーを行政がやらなければいけないのだろうか。しかも、子育ての楽しさを教える、という目的自体が意味不明。その企画に数百万円の予算が計上されるのなら、もっとほかの事業に使う方が良いと考え、「あり得ない」と意見したところ、一部の方からはお怒りを受けまして…。出過ぎたことをしたかな、と落ち込んでいたのですが、一方でほかの部署の方から「よく言ってくれた」という賛同意見もいただきました。
この経験から、行政は部署によって縄張りのようなものがあり、ほかの部署がやっていることに口出しができないような暗黙のルールがあるのではないかと感じました。だからこそ、市民のだれかがきちんと客観的に評価し、ダメなものはダメと言わなければいけないのではないか、と。
結局、この企画は取りやめになり、ほかの政策に予算は使われたと聞きました。私が、市民目線で率直に述べた意見が、何百万円もの税金の節約につながった、と聞いて嬉しかったですし、ロビイングがいかに大切かという実感を持ちました。ここから、僕の「ロビイングすごろく」が始まったんです。
2007年、福田康夫内閣のときに社会保障国民会議が設立され、「持続可能な社会の構築(少子化・仕事と生活の調和)」という分科会で委員に選んでいただきました。当時は唯一の20代の審議委員で、国の審議会に出るのは初めてでしたから、色々と異文化体験をするように国政レベルの政策が省庁間でどのように決まっていくのかを目の当たりにしました。
たとえば委員に選ばれたあと、複数の省庁の方から連絡があって「ご説明したい」と言うわけです。何を説明されるのかと思いながら会ってみると、こういう発言をしていただけたら嬉しいです、みたいな話を遠回しにされました。しかも、それぞれの省庁の担当者が言ってくる内容は違うし、事務局を担う省庁をけん制したり、批判したりしています。
なるほど、各省庁の人たちは自分たちが持って行きたい方向の政策を実現するため、会議での議論を誘導したいんだと感じました。それで逆に、官僚の人たちにどうしたら政策が実現しやすいんですか?と尋ねてみたら、出された答申を踏まえて閣議決定につながっていくので、答申の中に文言を入れることが非常に重要だと教わりました。
ほかにも色々と、どうふるまえば良いのか、「審議会の作法」みたいなものを学びました。その後、色々な審議会に出るようになったのですが、審議会ごとに何を変えるか、何を実現するかとゴール設定をして、ロビイングをするようになっていったのです。
―これまで行ってきたロビイングの中で、具体的な例をあげていただくとすると、どのようなものがあるでしょう?
駒崎さん:色々ありますが、年に1回しか行われていなかった保育士試験を2回にしたことは一番、分かりやすい例だと思います。
待機児童問題の根本にあるのは、保育士不足や保育士の処遇の低さです。処遇改善は絶対にやっていくべき大きな課題ですが、財源も必要ですし中長期的な取り組みが必要となります。一方で、今すぐできる対策として、保育士試験を年に複数回、行われるようにすれば、保育士の需要が満たされ、年度途中での開園もできるようになるでしょう。
最初は管轄である厚生労働省に掛け合ったのですが、試験会場になっている大学を安く借りられるのは夏休みだけだから、年に2回やるとなると費用が増えてしまうことなどを理由に、なかなか実現できずにいました。
そのようなとき、国家戦略特区で地域を限定してならできるかもしれない、と知り、委員の方たちの前でプレゼンをしたところ好感触を得ました。それで試験費用と待機児童問題とどちらが重要なのか、厚労省の担当者も呼んで議論を重ねていったら、神奈川県で年に2回の保育士試験を行うことが決まりました。結局、評判が良かったので、翌年には全国で年に2回、試験が行われるようになったんです。これはロビイングによって実現できた、分かりやすい例だと思います。
―草の根ロビイングを、今後どのように社会へ広げていきたいですか
駒崎さん:もっと草の根的に広がって、色々な人がやるようになってほしいですし、実際、できるということを知ってもらいたいですね。著書『社会をちょっと変えてみた』でも紹介しましたが、杉並区の待機児童問題解決に向け、当事者の切実な想いとして立ち上がり、子連れで署名活動や演説をした曽山恵理子さんは、区の子育て政策を180度転換させました。
ほとんどの人は勝負が始める前にあきらめていて、何も変わらない、と思っていますが、ぜんぜんそんなことはありません。個人の力はものすごく大きくて、一人一人がやれることはたくさんあるんです。
日々、感じている不都合は自分たちの手で解決できるんだ、ということを知ってもらえたら、「社会って意外に変えられるんだ! じゃあ、もっと変えていこうよ!」みたいなノリが生まれるんじゃないかと思っています。自分はそのロールモデルになりたいと思って、これまでロビイングを続けてきました。僕がすごく優れているからできた、というわけではなくて、だれだって意見し、アクションを起こせば、社会は変わる、という成功体験を共有していきたいです。
■コレクティブインパクトを日本でも
―2016年、社会起業家で「新公益連盟」を結成した理由を教えてください。
駒崎さん:基本的に日本のNPO業界は潜在能力はあるのに、その力がまだまだ生かされていません。海外の市民セクターは、経済セクターや公共セクターと一緒になって、きちんと意思表明したり、世論形成したりしているのに、我が国のソーシャルセクターは存在感が薄い。それは非営利法人が作られたこれまでの経緯も絡む話なのですが、とにかく個々では力を持ちづらいので、連帯していくべきだと思うわけです。しかし現状は、近い領域の団体同士が手法や考えの違いで張り合ったり、険悪になったりするようなことはよくあって…。そうではなくて、みんなで集まって声を出せば、さまざまなキャンペーンができるし、業界全体として行政や企業に物を言えるのではないでしょうか。
アメリカでは、個々のNPOがそれぞれに活動を頑張る、というフェーズから、行政、企業、NPOがともに共通のアジェンダを持ち、KPI(重要業績評価指標)を設定して、限られた値域で成果を出していこうという動きが盛んです。これは「コレクティブインパクト」と呼ばれるもので、アメリカのソーシャル活動においてはメインストリームになりつつあります。同じことを日本でも体現していこうと考え、立ち上げたのが新公益連盟。NPOやソーシャルビジネスに関わる人たちが連携し、一緒に成果を出していくのが狙いです。
基本的にソーシャルビジネスの経営者は孤独ですので、経営者同士が語りあい、ノウハウを共有しあうプラットフォームにしたいと思っています。もう一つは、みんなで意見を集約し、政治行政に物を申すロビイングをしていきたいですね。
―ソーシャルビジネス特有の悩みがあるということでしょうか。
当然ありますね。企業経営であれば、たくさん相談できる存在があると思いますが、ソーシャルビジネスやNPOについてはまだ歴史も浅いので、身近に何でも話し合える存在がないケースがほとんどです。悩みを打ち明け、相談できる関係性が持てる、というのは、心のセーフティネットになりうると考えています。
すでに合宿を行っていますが、人と人とがともに顔を合わせ、信頼関係を築ける場を設けていきたいです。いまは経営者同士がつながっている状態ですが、今後は、ミドル層やスタッフ層同士でもつながりあって、研修を一緒にするなど人材育成も行っていきたいです。
―最後に駒崎さんの目指す社会についてご意見をお聞かせください。
駒崎さん:みんながもっと気軽に、世の中は変えられるんだ、と信じられる世の中にしていきたいです。この社会は人間が作ったものですから、変えられないわけはありません。たとえば鎖につながれた範囲でしか動けないゾウがいたとすると、たとえ鎖を取っても円から外へ出ようとしないほど、扱いやすく飼いなされてしまいます。多くの市民が鎖でつながれたゾウと同じように、この社会はすべて決まりきった普遍的なものと感じていますが、そうではありません。僕はそのことを伝えたいし、不便なことがあれば変えよう、おかしいことにはおかしいと言って行動しよう、と呼び掛けたい。そんなダイナミックで、しなやかな社会を作っていきたいと願っています。
駒崎 弘樹(こまざき・ひろき)
1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2004年、「地域の力によって病児保育問題を解決し、子育てと仕事を両立できる社会をつくりたい」と、NPO法人フローレンスを設立。日本初の「共済型・訪問型」の病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポートする。
2010年からは待機児童問題の解決のため、空き住戸を使った「おうち保育園」を展開。「おうち保育園」モデルは、2015年度より「小規模認可保育所」として、政府の子ども子育て新制度において制度化され、全国に広がった。
2014年には、これまで保育園に入れなかった医療的ケアのある子どもたちを中心とした障害児を専門的に預かる「障害児保育園ヘレン」を東京都杉並区に開園。2015年4月から、医療的ケアのある障害児の家においてマンツーマンで保育を行う「障害児訪問保育アニー」をスタート。2016年、赤ちゃんの特別養子縁組を支援する事業「フローレンスの赤ちゃん縁組」事業をスタート。
公職としては、2010年より内閣府政策調査員、内閣府「新しい公共」専門調査会推進委員、内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議」委員などを歴任。 現在、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長、内閣府「子ども・子育て会議」委員を務める。
著書に『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』(英治出版)、『働き方革命』(ちくま新書)、『社会を変えるお金の使い方』(英治出版)、『社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門 』(PHP新書)、『社会をちょっと変えてみた』(岩波書店)等。翻訳書に「あなたには夢がある」(英治出版)。
一男一女の父であり、子どもの誕生時にはそれぞれ2か月の育児休暇を取得。